今回は、「自由なラジオLight Up」始まって以来、最高齢のゲストをお招きした。大阪市東淀川区の元海軍兵、瀧本邦慶さん、95歳。瀧本さんは「新聞うずみ火」の読者で、10年前から大阪府下の小中高校、大学などを回って自らの戦争体験を語る活動を続けている。
参議院選挙の投開票から一夜明けた2016年7月11日、瀧本さんから電話をいただいた。その声には、いつもの張りがなかった。
「もう平和講演の語り部を辞めようと思うてます。いくら講演活動を続けても、いいようには変わりません。いや、時代はますます悪い方向へ向かっていますから」
翌日、ご自宅を訪ねると、瀧本さんは落ち込んでいた。
「事前の新聞報道などを見て、改憲勢力が議席数の3分の2を確保することは、ある程度、予想はしていました。とはいえ、今回の結果には大きなショックを受けました。選挙の争点は改憲でしょう。なのに、国民はまた騙されてしまった。日本人の国民性でしょうかねえ、あまりにも政治に関心がなさ過ぎる。お上(政府)は絶対的な存在で、逆らってはいけないと今でもそう思っているのでしょうか。政治的なレベルが低すぎます」
そう言って、瀧本さんはこう続けた。
「国は国民を騙します。国のウソを見破る力を国民が身に着けないと、また騙されてしまう。国のウソを見抜く力を投票にあらわさなければならないのだが、忘れてしまうのか。日ごろから関心が薄いのか……。もっと賢くならないと、子どもや孫たちを守れませんよ」
眉間に深いしわが刻まれた瀧本さん。一気に話したあと、こう呟いた。
「太平洋戦争以上の思いを繰り返さないと、わからんのやろなあ……」

瀧本さんは1921(大正10)年、香川県生まれ。幼い頃から学校で軍国主義教育を受け、17歳だった39(昭和14)年に海軍を志願した。41(昭和16)年12月、航空整備兵として空母「飛龍」に乗り組んで真珠湾攻撃に参戦。その半年後のミッドウェー海戦では、飛龍を含む空母4隻がアメリカ軍機の猛攻を受けて撃沈。飛龍に乗り込んでいた兵士1500人のうち、生存者は500人足らず。瀧本さんもアメリカ軍の戦闘機による機銃掃射で弾丸の破片を肩甲骨に受けながら奇跡的に生き延びた。
佐世保港に帰還した負傷兵は一つの病棟に収容され、外出も面会も一切禁止された。ある日、看護師が持ってきた新聞を見て、その理由を理解する。新聞には、大本営発表として、ミッドウェー海戦での勝利が報じられていたのだ。瀧本さんは思わず叫んだ。「うそだ」。
ミッドウェー海戦の大敗は、当時の日本政府にとっての「特定秘密」。生き残った兵士らは次々と最前線へ送られていく。瀧本さんも44(昭和19)年2月、トラック島(現ミクロネシア)の楓島基地へ配属された。
トラック島は、日本軍にとって南方作戦の重要な補給基地だったため、連日にわたってアメリカ軍による空襲を受け、ついには補給路が断たれてしまった。食べる物も武器もない。孤立無援の中で、仲間や部下が栄養失調や疫病で次々と亡くなっていった。
「食べ物がないためにやせ細って死んでいくほど、苦しい死はありません。『お国ために死ね』と教えられたから、心からそれを信じてその通りに行動してきた。ところが、敵と戦って華々しく死ぬのではなく、南洋の小島で人知れず餓死してヤシの肥やしになって消えていくのかと思ったとき、私は国に騙されていたと気づいたのです」
トラック島を守っていた日本軍の兵士4万人のうち、半数が餓死した。

瀧本さんが復員して日本の土を踏んだのは終戦から1年が過ぎていた。その後、大阪に移って石油卸業を営む傍ら、「本当のことを知りたい」と戦史を読み漁った。当時の日本政府はウソばかり発表し、新聞やラジオも疑問を挟むことなくそのまま伝えていた。国民を戦争に導いた当時の政治家や官僚、陸海軍の幹部らの多くは戦場へ行くことなく、その責任も取らず、戦後も生きながらえていた。
「戦争の悲惨さや矛盾、無益さ、いかに国民の犠牲が大きいかということを訴えることが、生き残った私に与えられた責任だ」と、瀧本さんは2006年から自らの戦争体験を語り始めた。 現在は、私が立ち上げた「平和学習を支える会」の講師陣にも加わり、小中高校を回り、多い年で30回を超える講演を重ねている。
2013年に「特定秘密保護法」が成立したとき、瀧本さんはその本質を見抜いていた。
「戦前のような暗黒社会になりますよ。自衛隊は戦場に派遣され、アメリカ軍の『弾除け』に使われるでしょう。安倍政権は、特定秘密を導入する目的を『防衛』や『スパイ活動』の防止などと、もっともらしいことを言っていますが、本当の狙いは国民一人ひとりを監視することであり、思想や行動を制限することです」
2年後には、憲法解釈を変え、集団的自衛権の行使を認める「安保法制」が与党などの強行採決によって可決した。これまで以上に危機感を持った瀧本さんは、「二度と無謀な戦争のために若者たちが尊い命を捨てることがないように」と、講演活動に力を入れた。

しかし、今回の参院選の結果を受け、「近い将来、集会の自由すら奪われる時代が来るのではないか」と、本気で思うようになったという。
「戦争が近づくと、特高警察が700人近くの反戦を主張する人たちを次々と検挙していきました。今の政権はそれと似たことをやると思いますよ。当時よりも戦争に反対する人は多いから取り締まりも大掛かりにやるでしょう。平和講演をやっていることで逮捕されたら、息子夫婦に迷惑をかけることになりますからな」
大げさな話だと一笑に付すことはできない。この夏、講演依頼を受けた大阪市内の中学に突然キャンセルされるという出来事が起きた。
講演担当の女性教諭が打ち合わせに来てくれ、どのような話をするか説明した。その教師から報告を受けた校長が後日、電話で「政権を強く批判したら困る。瀧本さんの話は都合が悪いので」と説明した。語り部活動を始めて10年以上になるが、初めてのことだった。

そんな瀧本さんにお願いして、12月10日の「うずみ火講座」で戦争体験を語っていただいた。その中で、瀧本さんはこう語った。
「一般の人たちに講演するのは、おそらくこれが最後になると思います。これからは国を背負っていく若者にだけ、私の体験を語りたいと思っています。若者の命を守ってやりたいのです」

※新聞うずみ火1月号(12月22日発行)で瀧本さんの講演要旨を掲載するとともに、瀧本さんの講演DVDを作成した(1500円 送料、振込手数料込み)。