いまにしのりゆき:
先だって、私は福島県双葉町ご出身の大沼勇治さん。
自由なラジオLight Up!にも何度かご出演頂いておりますが、
大沼さん、ご出身の福島県双葉町、今も期間困難区域に指定されているということで、
なかなか簡単に足を踏み入れることができないのですが、大沼さんと二人で双葉町の方に行ってきました。

子供の頃ですね、大沼さんが作られました原子力明るい未来のエネルギーという看板ですね、
ちょうど一年程前に外されまして、町はえらい変わった印象でありました。
福島第一原発事故で故郷を追われたことから、愚かな原子力政策に反対をし続け、
その看板のアーチを震災遺構として残す活動も大沼さんはされてきました。
看板ですね、先程も申し上げましたように昨年12月、老朽化を理由に取り外されてしまいました。
双葉町、今、どないなってんのかと思いまして今回は足を運びました。 
その大沼さんのルポをこの後お届けしますが、
5年と8ヵ月経ちました福島第一原発の事故、その放射能の現状について、
元京都大学原子炉実験所助教の小出裕章さんにお電話でお話を伺います。
小出さん、今日も宜しくお願い致します。

小出裕章さん:
はい、こちらこそ宜しくお願いします。

いまにし:
小出さんですね、私、大沼さんと一緒に双葉町に行ってまいりました。
今も、やはり非常に放射線量が高い場所が数多くあります。
そして、所謂、ホットスポットというような感じで、
急に高放射線量がガーッとアップするような所が双葉町ですとか、
同じく隣接します大熊町ですとか、そういう所にあります。
そして、モニタリングポストですね、放射線量を計測する機械が設置されておるのですけれども、
いつもあれを見て、「これ、どのようにして計測してるのかなあ?」と思うのですが、
ちょっとその辺、先生教えて頂けますでしょうか?

小出さん:
はい。今、いまにしさんが見て下さったというモニタリングポストというのは、
空間ガンマー線量というものを測定しているものだと思います。
空間、今、ある時には放射性物質自身が空気中に漂ってる時もあるわけですし、
事故の初期を過ぎれば、空気中にあったものが地面に降り注いで地面にくっついているわけですけれども、
そういうものから、空間のある場所でどのぐらいの放射線を浴びてるのかということを測定しているものです。

いまにし:
はいはい、なるほどなるほど。
それで、このモニタリングポストというのはどうなんでしょうかねえ。
示してる値というのは正確なものなんでしょうか?

小出さん:
国の手によって設置されてるモニタリングポストというのは、私はインチキだとむしろ思っています。
というのは、例えばモニタリングポストを設置する時に、周辺を整地しているはずだと思います。
そういう時には、その場所のまず汚れた土を例えばはいだり。
仮にそれがないにしても、その上にコンクリートを打ってしまったりするわけですから、
所謂、普通の何も手を加えない場所での空間線量率というものに比べれば、かなり低い値をもともと表示しているはずだと思います。

いまにし:
なるほど。
その中で、私が双葉町に行った時に、1.147マイクロシーベルトという普通では考えられないような高い数値だと思うのですが、
記録しているような所もありましたが、この数値というのは小出さんから見られていかがでしょうか?

小出さん:
私は長い間、京都大学原子炉実験所で放射能を相手に働いていました。
放射能を扱う時には、原子炉実験所の中に入っても、どこでも放射能を扱っていいというわけではなくて、
放射線管理区域という指定された特別な場所でしか扱うことができません。
そして、1時間あたり0.6マイクロシーベルトを超えるような場所というのは、必ず放射線管理区域に指定しなければいけない。
人々の立ち入りを禁じなければいけないという、そういう場所だったのです。
今、いまにしさんは1.4とおっしゃった。

いまにし:
1.147ですね。はい。

小出さん:
普通の人はそんな所に立ち入ってはいけない。
私のような人間が仕事上、どうしてもしょうがなくて入る場合でも、そこに入ったら水も飲むなというそんな場所なのです。
今、双葉町の広大な場所が未だにそうやって汚れてしまっているということです。

いまにし:
なるほど。
それで小出さん、大沼さんからちょっと質問がありましたのでいくつか伺います。
「双葉町に帰還する度に、高い放射線量の区域なので防護服が支給されます。しかし、目だけは何も用意されていません。
 放射線量と目の関係について、ゴーグル等を付けた方がいいのでしょうか?」とおっしゃられてます。

小出さん:
はい。
「つけた方がいいのか?」と問われてしまえば、もちろん付けた方がいいです。
但し、あの防護服というのは、ガンマー線を遮る力はもともと何にもないのです。
ですから、汚れが体に付着するのを防ぐという、ただそれだけの意味しかありません。
ですから、「目の所にゴーグルをかけた方がいいか?」と言われれば、
もちろん目の部分に放射性物質が付着するのを防ぐという意味では、やった方がいいと私は思いますけれども、
今現在、双葉町で大量の放射性物質が空気中に漂ってるということはないはずですので、
目という極小的な部分をゴーグルで覆うということで、避けられる被ばくの量はそんなに多いとは私は思いません。
但し、目も被ばくをしますと、白内障になったりするということが既に分かっていますので、できればした方がいいと思います。

いまにし:
そうなんですか。目も被ばくすると、白内障になる可能性が結構あるんですねえ。

小出さん:
はい、あります。

いまにし:
はい。あと、私なんかも双葉町に夏場なんかに行くと、結構、途中疲れて道端で座って休んでしまうことがあるのですが、
大沼さんはその辺を凄く心配されておられて、「やはり、地べたに直接座ると、被ばくしやすくなるのでしょうか?」と伺われておられます。

小出さん:
はい。大沼さんはその時に、防護服を着ていらっしゃるんだと思いますが、
防護服を着た状態で座るということになると、放射性物質自身は防護服にくっつきますので、
大沼さんの身体に付くことはないはずだと思います。
そして、防護服を脱いでしまえば、防護服にくっついた放射性物質から被ばくをするということはなくなるわけです。
但し、ガンマー線自身は全く避けられませんので、防護服を着た状態であっても地面に座れば、地面が汚れていますので余計な被ばくをしてしまいますし、
防護服が汚れた状態でそれを着続けていれば、ずーっとまたガンマー線で被ばくをしてしまうということになりますので、
出来るならば座ったりはしない方がいいと思います。

いまにし:
はい。そして、次ですね、大沼さんが伺いたいなとおっしゃられておったのがですね、
「この5年8ヵ月の間、半減期で消滅した放射能とそうでない放射能がありますが、
 空間線量計を持っていくのですけれども、空間線量だけに頼っていて大丈夫なのでしょうか?」ということを聞かれております。

小出さん:
もちろん大丈夫ではありません。
今の半減期のことを話して下さいましたけれども、原子力発電所から放出された放射性物質の中には、
いわゆる寿命が長いか短いかということで大きな違いがあります。
例えば、ヨウ素131という放射性物質があって、それが現在、福島で見られている子どもの甲状腺がんを引き起こした主要な原因だと私は思っていますけれども、
そのヨウ素131は8日経つと半分に減ってくれる。
また8日経つと、その半分になるというように、かなり急速に減ってくれて、
今現在、5年8ヵ月経っているわけですが、もうヨウ素131は全くないのです。
逆に、寿命の長い放射性物質もあって、私が一番問題だと思っているのはセシウム137という放射性物質ですが、
それは半分に減るまで30年かかる。
事故からこれまで5年8ヵ月経ってるわけですが、まだほとんど減っていないまま汚染が続いているのです。
それが、これからずーっと人々を被ばくさせ続けるということになります。
空間ガンマー線量というのを、今皆さん測っているわけですけれども、
そのほとんどはセシウム137からきているものです。
ですから、空間ガンマー線量を測っていれば、その場所を測ってる、
その場所の周辺がどの程度セシウム137で汚れているということぐらいは目安として分かると思います。
但し、特別な場所では未だに空気中にセシウム137が舞い上がってきていたりする場所もありますので、
空間ガンマー線量だけを測るというやり方では不十分だと私は思います。
しかし、一人一人の住民達、避難をした人達が空間ガンマー線量を測ることすらなかなかか難しいと思いますし、
ましてや空気中に漂ってるセシウムを測定するということは、基本的にはもうできないと思うしかないと思います。

いまにし:
はい、分かりました。
小出さん、ところで小出さんは先日、双葉町の町長をされておられました
井戸川克隆さんにお会いになられたというようにお話を伺いましたが、
どのようなお話をされたんでしょうか?

小出さん:
はい、井戸川さんとは時々お会いする機会がありますが、一番最近彼とお会いしたのは11月1日でした。
多分、ご存知の方もいらっしゃると思いますが、
世界的な名ピアニストのクリスチャン・ツィメルマンさんという方がいらっしゃって、
その方が東京でコンサートをやるということで、私も招待して頂いたのです。
私そのコンサートに行きましたら、井戸川さんも招待されていたということで、その場所でお会いしました。

いまにし:
どのような感じのお話をされましたでしょうか?

小出さん:
事故があって5年8ヵ月、ほんとに超人的に活動されてきたと思います。
お疲れにもなっているし、彼自身がかなりの被ばくをしたということで、
事故直後にも鼻血を出したということもあったわけですが、
未だに鼻血が出るし体調が良くないと。凄い疲れやすいというようなことを彼はおっしゃっていました。

いまにし:
はい。それで、先程お話が出ましたポーランドのピアニストのクリスチャン・ツィメルマンさんについてちょっと教えて頂きたいのですけれども、
ちょうど東日本大震災の時には東京にいらっしゃったということで、
毎年のようにチャリティーコンサートを続けておられるということだったのですが。

小出さん:
はい。私がツィメルマンさんから招待されたコンサートも、彼自身が無償で出て下さったということでした。
ポーランドという国で彼が生まれた、私と確か6歳違いで、ちょうど今60を過ぎた頃だと思います。
昔から美男子でしたけれども、今は真っ白な白髪になって、ますます素敵な風貌になっていました。
福島の事故を東京でたまたま出会ってしまって、
それ以降、福島の人達にとにかく寄り添わなければいけないということで、
チャリティーコンサートのようなことをずーっとやってきてくださった方です。

いまにし:
そのコンサートを聴かれたご印象はいかがだったでしょうか?

小出さん:
はい、彼は、こうやって限定つけるのよくないですけれども、多分一番いいのはショパンだと私は思いますが、私が聴かせて頂いたのはベートベンでした。
でも、大変力のこもった演奏で、若い団員達と大変スリリングな掛け合いの演奏で、私はそれを聴けただけでも良かったと思っています。

いまにし:
はい。ここで小出さんから頂戴しましたクリスチャン・ツィメルマンさんのメッセージがあります。
このメッセージですね、とても素晴らしいので、是非リスナーの皆様にも聞いて頂きたいと思いまして、
その一部をご紹介させて頂きます。

小出さん:
はい。ありがとうございます。

いまにし:
小出さんと一緒に、是非皆さんお聞き下さい。
朗読は鵜飼一嘉(うかいかずよし)アナウンサーです。

[クリスチャン・ツィメルマン氏のメッセージ]

いまにし:
小出さん、ほんとに素晴らしいメッセージですねえ。

小出さん:
はい。私はこのメッセージを添えて、約1週間ぐらい前だったと思いますが、コンサートの招待状を頂きました。
私は11月1日という、その日1日だけは空いていたのですが、
31日も2日も別の約束が入っていてどうしょうかと悩みましたけれども、
このツィメルマンのメッセージを見たらば、もうどうしても行くしかないと思って、当日日帰りで松本から出掛けました。
ほんとに素晴らしい方でした。

いまにし:
もう日本では、今、福島第一原発の事故が忘れ去られよう、
逆に、忘れろ忘れろと云わんばかりの政府ですとか東京電力の姿勢が垣間見えるのですが、
一方で、忘れてはいけませんということを発信して頂いてるツィメルマンさん。
本当にありがたく思いますよねえ。

小出さん:
はい。福島第一原子力発電所の事故を起こした責任というのは東京電力や日本の政府にあるわけで、
私は彼らを犯罪者と呼んでいます。
彼らを徹底的に処罰をしなければいけないと思っていますが、
逆に、彼らから見れば、とにかくこの事故をなかったことにさせてしまいたい、忘れさせてしまいたいということで、
周到な行動を彼らはとっているわけです。
でも、ツィメルマンは、彼は忘れないと言って下さってるわけですし、
その為に、彼ができることを自分でやるんだということを言ってくださって、
実際にそれをやって下さっている。
ツィメルマンさんが世界的に本当に素晴らしいピアニストだということは、
おそらくほとんどの方が認めると私は思いますが、
それ以上に、彼は人間として素晴らしと私は思いました。

いまにし:
分かりました。小出さん、ありがとうございました。

小出さん:
いえ、ありがとうございました。

Ballade NO.1 in G Minor.Op23
(作曲:Fryderyk Franciszek Chopin・演奏者:Krystian Zimerman)

いまにし:
それではここで大沼勇治さんと訪れました福島県双葉町、帰還困難区域の様子をお聞き頂こうと思います。
大沼さんの考えられました標語のアーチ、看板がありました双葉町のメインストリートで、大沼さんにいろいろお伺いしました。
現地でのルポを録音でお聞き頂きます。


いまにし:
大沼さん、看板がなくなって1年が経ちました。
なんかこれまである看板が急になくなると、えらく風景が変わってしまったなあと思うんですが、
現実この場所に立たれていかがでしょうか?

大沼勇治さん:
そうですね。全く別の場所になってしまい、自分の故郷じゃない気がします。
何ですかね、これまでいろいろ原発と共に歩んできた町そのものも終わった感じがして、
ただそれを残すことで、やっぱり全てありのまま伝えたかったんですけども、
なんかその過去まで全てを否定されるかのような感じで、やはり、この場所で残したかったですねえ。

いまにし:
双葉町ですね、ちょうど1年前にも、私と大沼さんはこの看板のあった場所に来ていたのですけれども、
あれから1年、全く今も人通りがなく、まれに警備のための車が通るだけという寂しい感じがするのですが、
もともとここは双葉町のメインストリートだったわけですよね?
震災前は。

大沼さん:
そうですね。
ここは商店街や駅に向かうメインストリートでして、それで多くのこの時間、町民の方が行き来してました。
車も結構走ってました。

いまにし:
見た雰囲気では1年前とほとんど変わらず、ひと気が全くなく、
ほとんど時が止まったままかなあという気がするのですが。

大沼さん:
そうですね。今日驚いたのは、街中の商店街に大きなイノシシがいたんですね。
それはびっくりしました。
山でしか、たまに夜とかしか見かけなかったんですけども、
街中で人がいないと分かってるせいか、動物の糞のようなものが沢山あったりですね。
大きな通りは、確かに倒壊した家屋等が少し整理されたみたいなんですけども、
その他の道は全然変わってないので、全然、復興してるとは思えないですね。

いまにし:
大沼さんの考案されました原爆の標語の看板撤去されまして、その後どうなってるんでしょうか?

大沼さん:
はい。まず、役場敷地内の場所にそのままシートを被せて、16メートルあった看板の方はそのまま置かれてて。
先月、福島の県立博物館さんの方でアクリル板だけ運んで、
それで「明るい未来」の「み」だけがちょっと線量が高かったみたいなので、
第二原発のけがやクリーニング場で高圧洗浄かけて線量を落として、それで運んだということを聞いて。
とりあえず、アクリル板の方はきちんとしたとこで保管されてるので、
そういった面では安心なんですけども。肝心の鉄板の方はやっぱりサビによる塩害腐食によって、
今も劣化し続けてるので、そちらの方はちょっと保管して欲しいなと。
また何らかの形で早く展示して。痛まないうちにですね。それで伝えたい思いですね。

いまにし:
双葉町もしくは福島県がどこかに展示、皆さんが見れるような状況になるということなんでしょうか?

大沼さん:
そうですね。
その震災以降のプロジェクトというのが博物館さんの方でやってるみたいで、
県立博物館さんの方で、何らかの形で展示される可能性はあると思います。
あと、その東北大学さんの方で3D映像の測量のデータ残してるみたいなので、
その3Dでは見れる日が来るのではないかと思ってるんですが。
やはり、現物の看板とそのアクリル板が一体化されて展示されるのが理想なので。
それは、復興記念講演に展示される可能性はあると役場の職員の方はおっしゃってたんですけども。
まだ、ここ2年ぐらいは動かないという風に。
その間、劣化しないことを祈るばかりです。

いまにし:
まだ原発の終息作業も充分に進んでいない中、
双葉町の未来というのは、大沼さんから見られてどうあって欲しいという風に、今お考えですか?

大沼さん:
そうですね。
原発と共に舵を切った町が、現代、中間貯蔵施設により放射性廃棄物の汚染されたものが運ばれて、
なんか人からゴミに変わってしまったので、ここにいつか僕も子供達を連れて、自分の故郷だというのを伝えたいんですが、
まだちょっとこの状況では厳しい感じがします。
ゴミバックが5段ぐらい積んでるのを見ると、なんかそこがかつて住宅があった場所が津波にさらわれて、
仮置き場になってる光景、そこからまた草が覆い茂ってるという光景ですね。ほんとにせつないです。

いまにし:
はい。大沼勇治さんに伺いました。ありがとうございました。

大沼さん:
ありがとうございました。

いまにし:
実際に双葉町に行ってみますと、本当にゴーストタウンというのか、死の街というのか、
全く人通りもなく、活気もなく、原発事故の奥深さというのを思い知らされます。
そして、つくづく国と東京電力の無責任さというのも考えさせられます。
心の傷の深さを感じずにはいられない、そんな取材になりました。
以上、今日は特別編でお送りしましたLight Up!ジャーナルでした。