木内みどり:
今日は、元京都大学原子炉実験所の小出裕章さんにお電話が繋がっております。小出さん、こんにちは。

小出さん:
はい。こんにちわ。

木内:
今日、小出さんに教えて頂きたいのは、核のゴミの捨て場所についてなんですが。
まず、核のゴミっていうのは何ですか?

小出さん:
はい、今、私達は、原子力発電というものをやってしまっているわけですが、
その原子力発電のエネルギー源というのは、ウランという物質を核分裂させた時に出てくるエネルギーを使っているのですね。
ただ、ウランというものを核分裂させてしまうと、ウラン自身も放射能を持っているのですが、
その放射能が1億倍にも膨れ上がってしまうという、そういう事になってしまうのです。
放射能というのは、人間にとって全く危険なものなわけですから、
1億倍にも膨れ上がった放射能を一体どう始末することができるのかということが、大変重要な問題なわけです。
原子力発電というものをやり始めた当初から、何とかそれを無毒化しなければいけないと、みんなが思ってきました。
そして、科学が進歩すればいつか何とかなるだろう、いつか何とかなるだろうと思って今日まで来たわけですが、
結局、人間はには放射能を消すという力が未だにないのです。
その為、核のゴミと言ってるわけですけれども、原子力発電をやった事によって生み出してしまう放射能のゴミ、
それを何とかどこかに、少しでも危険がないような状態にしなければいけないという、途方もない仕事が今、目の前に横たわっているわけです。

木内:
原子力発電を始めてから、その問題は最初っからあったわけですよね?

小出さん:
そうです。

木内:
で、どこの国の誰も解決できていないんですね?

小出さん:
そうです。
もう人類が原子炉というものを動かしたのは、もともと米国のマンハッタン計画というもので、長崎原爆の材料が欲しかった。
プルトニウムという物質ですけれども、その為に原子炉というものを動かし始めたのです。
1945年の暮れでしたけれども、その時から、こんな物を動かしたら大変なことになるということはみんな知っていて、
研究も始まっていたのです。
しかし、既に、もう74年も経っているわけですけれども、残念ながら放射能を無毒化するという方策が見えないままなのです。

木内:
世界中のどこの国のどんな科学者の人も、どうしたらいいか分かっていない事なわけですよね?

小出さん:
そうです。
無毒化という事に関しては、分からないままになっているわけです。
ですから、どこかに隔離をするしかないという事になっています。

木内:
という事は、人里離れた、人里離れた遠ーい所に置いてくるっていうのが良いわけですよねえ?

小出さん:
そうですねえ。
もともとはロケットに乗せて宇宙に捨ててしまうというような事も考えたのですけれども、
ロケットって、時々落っこってきてしまうので、これは出来ないということになりました。
その他、深い海の底に沈めてしまえとか、南極に捨ててこようとか、様々な案が出てきたのですけれども、
どれも難しいということで、国際条約で禁じられてもいるわけです。
その為、今、日本というこの国では、日本の国のどこかに、とにかくそれを始末しなければならないという状態に陥っています。

木内:
それで、8月9日経済産業省、経産省は使用済み核燃料など原発から出る核のゴミ(高レベル放射能廃棄物)の最終処分地としての適性を判断する基準を大筋で決めた。
要するに、今、お話下さった核のゴミをどこに捨てたらいいか、最適な場所はどこかという、その判断基準を大筋で決めたっていうことなんですよね?

小出さん:
そうですね。
でも、もうそんなこと分かっているわけで、日本っていうのは世界一の地震国ですし、火山国でもあるわけです。
ですから、地震の巣から離すとかですね、火山のある所から離すとか、まあ様々なことは、もう初めから当たり前なこととして分かっていたわけですが、
残念ながら、地震の予知なんていう事は、未だかつて一度もできた試しがないわけです。
火山にしても、日本では巨大な火山の爆発というものが歴史的に何度も経験しているわけで、
「本当に大丈夫か?」と問われてしまうと、なかなか彼ら自身も「ここなら大丈夫!」という場所がないまま今日まで来てしまっているわけです。

木内:
本当に人間は勝手ですよね。それと、日本の政府も勝手ですよね。

小出さん:
本当にそう思います。

木内:
それで、12月にも日本列島で適正ありと判断した地域を色分けした地図を公表するって言うんですけど、勝手すぎますよね?
勝手に日本列島の中で、ここの場所は適正があり。
「核のゴミ捨て場に向いてますよ」と判断した色分けした地図を発表するって言うんですけど、
色分けされて発表されても困るんですけどっていう。

小出さん:
もちろん困ります。
先程から聞いて頂いた核のゴミというのは、仮に地面の底に深い所に埋めたとしても、
十万年から百万年、その場所にじっとしておいてくれないといけないという、そういう物なのです。

木内:
100万年?!

小出さん:
はい。

木内:
100万年って、1年の100万倍?!

小出さん:
人類が生きてるかどうか分からないし、日本なんていう国は、もう決して存在してるはずもないわけですけれども、
そういう長い先まで安全を保障できるような科学というものは、存在していないわけです。
それにも関わらず、とにかく何とかしなければいけないのだということで、無理やりどこかに押しつけようとしているわけです。
でも、そんなもん押しつけられる方からしたら、とんでもないことになってしまうと私は思います。

木内:
ほんとですよねえ。
はい、今日、私の目の前に原サチコさんというドイツで活躍してらっしゃる女優さんなんですが、
先程ちょっと質問しましたら、原サチコさん、もちろん脱原発で私と一緒に官邸前に行ったりしたこともあるんですけれども。

小出さん:
そうなのですか。はい、ありがとうございます。

木内:
「ドイツで、どこか原子力発電所行ったことありますか?」って聞いたら。

原サチコさん:
あります。ハーメルンの原子力発電所に連れて行ってもらったことがあります。
ハーメルンのグリーンピースの方々に、私、お招き頂いたことがあって。
というのは、私、広島サロンというプログラムをずっと2011年からやっておりまして、

小出さん:
はい、ありがとうございます。

原サチコさん:
いえいえ、ちょっと話が長くなりますが、なぜ私が広島サロンというのをやったかと申しますと、
私、当時、ハノーファーの州立劇場の専属俳優をやっておりまして、
その時にですね、ハノーファーと広島が姉妹都市、友好都市であることを知ったんですね。
もちろん私、東京出身ですから全く知らなくって。
それでですね、「あ~、ここ広島と姉妹都市なんですねえ」って言って、
ハノーファーにいる周りのドイツ人に聞いてみたらね、ほんと知られてなかったんですよ。
それでね、私、「どうして、それ姉妹都市になったんだろう?」って事を調べていくうちに、
広島で素晴らしいお話をいろいろ聞きまして、それは一人の被爆者の方が結んだ架け橋、青少年交流から出来た姉妹都市提携だったんですけれども。
その話をハノーファーの皆さんに伝えるために、広島サロンというのを始めてたんですね。

それでですね、その広島サロンですから、福島の事故が起こる前からやっていたんですが、
そこにその福島原発の事故が起きまして、やはりドイツ人はね、それ関連付けるんですよね。
広島の方にしてみたら、それ全く関係ないから関連付けないで欲しいと思ってらっしゃるんですけれども、
ドイツ人から見たらね、やっぱり広島・長崎があったのに、
なぜ日本にそんなにたくさん原発が出来てしまっていたのかっていうことがまずショックでして。
それで、そういう関心からも広島サロンにいらっしゃる方が増えまして、私、福島も本当に知り合いも誰もいなかったんですが、
それで、福島のこと自分で日本にいる友達、東京にいる友達がこのような事をしていると。
例えば、みどりさんの原発に対するアクションですとか、そういう事を紹介するようになってたんですね、広島サロンというので。
そこで、ハーメルンのグリンピースの方々が、私をハーメルンに呼んで下さってトークショーを講演会をやらせて頂いて、その時に原発をそばに連れてって下さって。
それが、また私には衝撃でしたが、本当に美しい田園風景の中に、突然ニョキニョキってある原発なんですね。ハーメルンの。

小出さん:
異様ですよね。どこに行っても、あの建物は。

原サチコさん:
はい。そうなんですよ。で、その下がね、自転車のサイクリングコースになっているので、
沢山の方が、そこサイクリングで通ってらっしゃって。
本当に原発さえなければ、素晴らしい田園風景の素晴らしいサイクリングコースなんですよ。
ですが、グリーンピースの方がおっしゃるにはね、そのハーメルンの原発、ドイツの中でも最も古い原発の一つなんですって。
外から見ても、ちょっとひび割れのような。
もちろん、それは中身に関係ないんでしょうけど。外側ですからね。
でも、確かに、ちょっと古いなあって感じる建物なんですよ。
ですから、そのグリーンピースの方々はね、もうメルケルさんがその原発全部やめましょう、何年にやめましょうって宣言した後でしたけど。
それじゃあ遅いんだと。
もっと早くにここは廃炉にしなければいけないということで、更にアクションしてらっしゃっる方々だったんですね。

小出さん:
そうですか。はい、ありがたいことです。

原サチコさん:
それで、また私が福島のことをちょっと話、私もその後、福島に行っていろいろ福島の方にインタビューをしまして、
それをまた広島サロンで見せてたんですね。ドイツ語の字幕を付けて。
皆さん、福島の方が今、どういう事を思って、どういう風に暮らしてるか、ちょっと個人的に知って下さいっていうことをね、私も言いたくて。
そういう事をちょっと細々とですけども、やっておったんです。

木内:
はい、ありがとうございます。

小出さん:
はい、ありがとうございます。

木内:
そんな風に原さんも活動してらして、なんか政府とか大手のマスコミとかがやれないような事をこういう本当にか弱い私達がね細々とねやってるんですよね。

原サチコさん:
はい。

木内:
なんか取り留めのない話になりましたけれども、小出さん、ありがとうございました。

小出さん:
こちらこそ、ありがとうございました。お元気でご活躍ください。

原サチコさん:
はい、頑張ります。

木内:
それじゃあ、小出さん、ありがとうございました。

小出さん:
はい、ありがとうございました。