2016.12.27

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選挙戦から撤退した前新潟県知事の英断
原子力ムラの圧力と地元新聞社の『総合的判断』とは?

PERSONALITY

いまにしのりゆき

GUEST

泉田裕彦さん(前新潟県知事)

今回のスタジオのお客様は、前新潟県知事の泉田裕彦さんです。4期目の知事選への出馬を断念し、今年の10月24日に退任されたばかりの泉田さんに、その胸の内をじっくりと伺いました。

 今回の知事選挙期間中に行われた報道各社調査による県民の県政評価率が、なんと8割を越えていたという泉田さん。マニュフェストは、自分がやりたいことではなく、有権者が望むことをそのまま採用し、愚直に県政を推進して来られました。番組前半では、そんな泉田さんに、忘れもしない2007年7月16日、知事1期目で遭遇した新潟県中越沖地震当時の記憶を振り返っていただきました。そのときは、東京電力柏崎刈羽原子力発電所の3号機の変圧器から火災が発生。なんと県庁と現地のホットラインは不通。緊急対策室の扉が地震で開かなくなったためだったといいます。

 その反省から、泉田さんの働きかけもあって「免震重要棟」ができたわけですが、その後、福島第一原発の免震重要棟が出来たのは、なんと3.11の8月前だったといいます。もしかしたら東日本大震災による壊滅的被害から日本を救ったのは、泉田さんと言っても過言ではないでしょうか? そんなお話を前半で伺っています。

 番組後半では、今年の2月の段階では議会で4選目指して県知事選に立候補を表明されていた泉田さんが、なぜ告示の1か月前に突然撤退を決められたのか。地元の新聞社が、泉田県政を執拗に追い込んだかのように見える「中古フェリー購入問題」報道に関して、泉田さんの見解を伺いました。番組では、当該新聞社が掲載した反論も紹介。選挙の争点が、この問題だけになることで公益性が確保できないと判断し撤退した泉田さんの英断の裏には、いったいどんな真実があったのでしょうか? ハウスエージェンシーを経由して東京電力から大きな広告出稿を手にしていた地元新聞社。原子力ムラとメディアのつながりについて言及しながら、泉田さんの身辺で当時起こっていたことについて伺いました。


■LIGHT−UPジャーナル〜「東京電力柏崎刈羽原子力発電所の立地面から見た脆弱性」
元京都大学原子炉実験所の小出裕章さんに電話をおつなぎして、再稼働を急ぐとされる東京電力柏崎刈羽原子力発電所の立地面から見た脆弱性について、泉田前知事とともに伺いました。